National Musical Strings Co. Vol.1 – Black Diamond Strings

PAN RECORDS / 戦前ブルース音源研究所が所有する貴重な資料写真等を公開してます。 BLACK DIAMOND弦は、専用web ストア Store.Pan-Records.Comにてご案内してます。   【HISTORY OF BLACK DIAMOND STRINGS】


“Black Diamond Strings ” はアメリカ北東部に位置するコネティカット州(Connecticut)で、 ”アレキサンダー・M・ポール”によってさほど大きくない弦のメーカーとして 1890年 に設立しました。

7年後の1897年アレキサンダーは ニューヨークで “Bell Brand Strings”  をリリースするメーカーRice Musical String Company” の”トーマス・ネルソン・Jr” とニュージャージーの弦メーカーであった ” Bellvill “ のオーナー ”ジョージダウエマソン” と会社を合弁し” National Musical Strings, Co” を設立しました。

実 質のオーナーは、”ジョージ・ダウ・エマソン”となり ”National Musical Strings” は合弁した2つのブランド ”Black Diamond Strings” と”Bell Brand Strings”を柱として弦の販売を進めて行きます。 

アメリカのクラ フトマン・スピリッツ、家のガレージで細々と生産するという格好良さもあるのでしょうけれども、” National Musical Strings “ は ガレージといった小さなスケールではなく、正に巨大なファクトリーでした。

合弁の理由には 弦楽器業界に新しい大きな波が必ず来ると確信があったからではないでしょうか、輸入弦からアメリカ生産の弦へそれは新しいスティール製の 弦です。

工場内には、各工程に分けられた部門ごとの多くのエリアとプラントがありました。

       パワーステーション(発電所)を備えており 製造工程に関わる多くを自社工業で行う事が出来ました。

 1920-nms-side-viewfig_1

factory-nms-2007_1 fig-2 (2008)

   (1920s New Brunswick NJ)

 研究所資料 当時のイラストが物語るように、この規模の工場で弦を生産しているのですから、そのシェアはアメリカ全土に広まらずには在庫の山となってすぐに倒産です。

納品先は、楽器の大手量産メーカー全てと考えて良いでしょう。

この100年近く前の資料に描かれている工場は、1982年に歴史的な建造物として国立レジスターに登録され今現在も当時のままの姿を見る事が出来ます。

1920s 上空写真です。

 1920-nms-aerial-view fig-3 (1920s 研究所資料)factory-air fig-4 (2008)

手前の2棟は取り壊されてしまってますが、本棟やその他は健在であり、クランク路地の家もそのままである事が判ります。

きっと関係者のお宅であったのだろうと想像しますが確認しておりません。 こちらは 本棟を縦に道路側から見たイラストです。

ウォータータンクは今は取り壊されています。

 national-music-string-compa fig-5 factory-nms-2007 fig-6

うっすらと 残る ” National Musical Strings Co.” の文字を確認出来ます。 工場は 各フロアーに それぞれに責任者がいました。

 1900~30年 従業員名簿や写真より従業員はほぼ白人であったと思われます。


【 当時の作業風景 それぞれのフロアーの写真と従業員名簿 一部公開 】

【president and Sole Owner – Mr.W.R.McCLELLAND】

main-ofice Main Office- late-1920s

Main Office – Mr.E.T.Barcalow,Treasurer Office Assistants – Mr.W.F.Minschwaner,

Bookkeeper Mrs Edw.V.Wolff ,

Miss Bertha Verheyen , Miss Irene E.Burkus , Miss Mildred M.Knight

STRING DIVISION Production Office Mr.Eric V. Goodwin,

Superintendent Mr. J.M.Voohees,1st.Assistant Mr.Clifford Wolff,2nd.Assistant

【WIRE STOCK AND SPOOLING DEPARTMENT】

wire-spooling-department

Wire spoolong depertment Mrs. Mary Francis –

Stock Clerk . Miss Margaret Dickinson – Assistant


あ まり知られておりませんけども National Musical Strings Coは 実は初めてアメリカ・メイドのハーモニカをリリースした会社でもあります。

(残念ながら写真は無いです) アメリカの楽器産業というのは、1800年代より楽器の部品の多くをヨーロッパ(特にドイツ)からの輸入品に頼っており、例えばギター等のチューニングマ シン(ペグ)や 切削済みのブリッジ、カポタストに至るまでが輸入品でした。

その後 チューニングマシンやカポも ハーモニカの様にアメリカ生産へと移行して行くのです。

ハーモニカは結局ドイツの “HOHNER”に勝てませんでした(笑) 逆に マンドリンなどのアメリカ本土で火が付いた大人気楽器などはヨーロッパへ多く輸出された様です。

ギターという楽器に革新をもたらしたのが鉄弦の登場です。 ガット弦であったギターの弦はスティール弦に変わり始めます。

1929-nms-cataloue fig-7 National Musical Strings

設立の2年後 1899年 市場支配を進める大手 ”The American Musical String Company” を買収し益々追い風に乗ります。

この時点でアメリカ最大の弦メーカーになったと想像出来ます。

1830年代 ” C.F.Martin ” がペンシルバニアに引っ越すまで協力関係にあった ” C.Bruno & Son “ (1834年設立) や、早くから(1902年)鉄弦を採用し 斬新なギターをリリースする ”Gibson” など多くの楽器メーカーの要望や商品開発にも関わった製品作りをし 更にシュアを伸ばします。

楽器メーカーは、Lyon & Healy や親戚にあたる Larson Brothers が筆頭に鉄弦ギターを続々リリースし始め、それらのOEMを手掛けるシカゴの ” Regal ” や ” Stromberg Voisinet”などが大手通信販売会社の “Montgomery Ward”などに大量に納品を開始していました。

もちろん 通販ライバル会社 ” Sears & Roebuck” に納品する ” Harmony “ ” Stromberg Voisinet ” にも積極的に納品をします。 この通販会社 2社を抑えたら他にライバルはおりません。 ちなみに ” Oscar Schmidt “ シアーズの高級品を担当していたという定説は正しくないと思います。

シアーズは ほとんどが Harmony (シアーズの子会社)です、そしてたまに Stromberg (後のKay)も納品していた様です。

stella-catalogue-la-scala fig-8 stella-catalogue-gold-seal fig-8_2

オスカーは、1920年代30年代初頭 とても多くのブランドのギターを生産しておりました。

カタログにはアフターパーツとして弦も掲載してます。 fig-8 La Scala は高級モネル弦 fig-8_2 Gold Seal はシルバー弦と異なるモデルを提供してます。

一押しブランドというところでしょうか・・・

stella-catalogue fig-8_3 1932年Oscar Schmidt (Stella)

 カタログの下段には fig-8_3の記載の通り Black Diamond と Bell Brand Strings この二つのブランドが楽器界では 高い知名度と需要があった事実を知ることが出来ます。 スティール・ストリングス(鉄弦)の誕生と同時にギター界には もうひとつの革命が起りました。 そうです ティルピースブリッジの登場です。

bell tailpice fig-9

これまでのグルー(接着)タイプのブリッジと比べ、テンションのキツイ鉄弦にも耐えられる構造です。

もちろん接着タイプのブリッジは 現在まで残っております様に決して取って変わったのではなく ギターはアメリカで新しい進化を遂げ演奏する曲や 演奏法にも変化をもたらしたのだと思います。

その大きな変化の一旦は National Musical Strings Co (Black Diamond Strings / Bell Brand Strings)であったのだと言っても良いでしょう。

catarogue-1908-sears fig-10 catarogue-montgomeryfig-10_2

(1909-Sears & Roebuck Catalogue より 研究所資料)

(1934-Montgomery Ward Catalogue より 研究所資料) 早い段階でアメリカン・ギターの鉄弦シェアを確保していた事実は 大手通販楽器カタログなどでも確認出来ます。

catarogue-sears fig-11

1900~1930年代までの通販資料には この様にBell Brand が掲載されている事実があり、fig-11の様に ” Harmony “が製作していたシアーズのギターを買うと、 Bell Brand Strings がオマケでついてくる事からも、National Musical Strings がシカゴのハーモニーへ納品していた事実を知ることができます。

National Musical Strings は、アフターパーツだけでなく、大手量産楽器メーカー各社へ完成アッセンブル用弦の納品もしていたのでしょう。 National Musical Strings Co (以下NMS)は ブランド名を使い分けて楽器弦をリリースしていました。 ” Black Diamond Strings ” “Bell Brand Strings” “Lyrics Strings” 3種類の自社ブランドと多くのOEMブランド品です。

(1914-15 Sherman Clay Wholesale Musical Instrument catalog)

show-case fig-12   blackdiamond-cabinet-catalogue-1931 fig_13

(1931 The Rudolph Wurlitzer Company catalogue) 高級志向の ” Black Diamond Strings “ は、fig-12の様にスティールの枠にガラスを嵌め込んだショウケースをストアー用に作りました。

NMSの中でも高級の位置付であった Black Diamond は、専門店で販売されたり大型楽器メーカー等で扱われる事が多かったと思われます。

blackdiamond-cabinet fig_14   blackdiamond-cabinet.back fig-14-2

fig-14 は シルバー弦が詰まったキャビネット・キットです。 シルバー弦は 黒い箱に入っていました。

 これは1920年代から30年初頭ではな いでしょうか? fig-14_2には価格表が貼ってありますが古い価格表を剥がして、新たにブロンズ弦 キャビネット・キット用の価格表に張りかえられてます。

1930s Cabinet (研究所資料より)

cabinet-black-diamond fig_15  Sierra Exif JPEG fig_15_2

次に出たのが こちらのキャビネットです。黄色い箱はブロンズ弦です。 ご覧の通りなのですが見落としてはならないのがイラストです。

fig-15_2にはモネル弦が描かれており、Black Diamond Strings の文字に赤い縁があるデザイン、これはfig-14からの引き継ぎデザインです。

その後単略化されたのだと想像します。何年か毎にキャビネットは作られたのでしょう。

ブリキで出来たタイプの正面はガラス張りになっていて、お客さんに対するアピール露出高価は大きく更には正面から取れない事で万引き防止にも なっています(笑) 商品は裏側の両スライド式扉より出し入れが出来ます。

下の段にも小物などをストック出来る様になっています。 また、裏面の扉には 即座に対応が出来る様に 弦の単価などの価格表が貼り付けてあります。

この様なストアー向けのディスプレイは、年代事に違ってきます。

1920年化粧箱の蓋は、中央で合わさる形でした。

BD-strings-box-delux fig-16    black-diamond-box1920 fig-16_2

箱の大きさは 4-5/8インチ 約110ミリの正方形です。

ガラス張りのディスプレイからコストダウンを図ったブリキにイラストを描いたキャビネットになり 更には、格子状のキャビネットになり、黒い分厚い箱にアソートされたBox、更にはただの大箱、そして弦を単品で下から引き抜く厚紙で出来たディスプレイ へ・・・ 半世紀(50年)の歩みは様々な事があった事でしょう。

black-diamond-cabinet-1940s fig-17 black-diamond-cabinet-1940sfastfig-17_2

1940s のキャビネットは、搬送、移動時のリスクやコストを配慮してか完全にブリキ製になってます。

イラストも少し違いますが真ん中で合わせる蓋です。 同じ形でも イラストのデザインが違うタイプもあります、価格表の違いも年代を知る為の参考資料となります。

black-diamond-cabinet-1950s fig-18  black-diamond-box1940-50 fig-18_2

fig-18 おそらく1950年代のキャビネットだと思いますが はっきりとした資料は無いので判りません。

ブリキの時代は古くなり 格子状のディスプレイになりました。

上部の看板の部分は跳ね上がり式になっていて、そこから弦のボックスセットのストック分を入れます。下段は良く動く商品ボックスを入れておく事が出来ま す。

この頃には化粧箱は真ん中で合わせる形ではなく普通の箱になっていたと思います。

その前に、fig-14 や fig-15 にセットされているような、ディスプレイ用に箱の側面にシールを張った普通の箱形状になりました。

それとは別に上下とも蛇の鱗の様な豪華仕上げのタイプもありその後 その豪華な箱は、下は単なる厚紙の様になりだんだんと安っぽくなって行きます。

black-diamond-cabinet-1960s fig-19 black-diamond-cabinet-1950sbox fig-19_2

いよいよ せこくなって参りましたよ fig-19 ただの大きな箱です。

 しかし、ガッチリとして蓋には蝶番が付いてます。1940~?1950年代~?でしょうか?

black-diamond-dosen fig-20black-diamond-display-box1960s fig-20_2

 black-diamond-display-box1960s2 fig-20_3

こりゃひどい! fig-20 更にせこくなって ただの1ダース厚紙箱  それから 1セットづつ?(一袋づつ?)下から引き抜く箱 イラスト写真も最低なセンスとなって行きます、 1960年代です。

(fig-20 の時代の大きなポスターなどの販促品も所有しております)

1970年前です。  1970年 ” Kaman Musical Corporation” と合弁し工場は閉鎖します。

その後ニュージャージーのブロンズウィックから コネチカット州へと生産拠点が移ってしまいます。

black-diamond-vinyset fig-21     black-diamond-vinyset.back fig-21_2

National Musical strings Co は 1979年には、ブランド名は残るものの会社名は ” Kaman Music Strings ” と変更されてしまいます。

blackdiamond-all fig-22

(研究所所有 大多喜ブルースフェス内 研究所講演 展示風景National Musical Stringsコレクション2012_10_28)

【 Power and Heating Plant 】

power-and-heating-plant fig-23

(1920s 研究所資料) 発電や暖を取る為のパワープラント(火力発電)です。

この様に当時の工場は 一般家庭の電力供給事情とは異なり、工場に自社のパワープラントを持ってい ました。

(* グラフトンのParamount Records工場では、ミルウォーキー川を利用した水力発電システムも採用していました)

1920年 後期 このプラントの作業をしていた方のリストです。

” Firemen” Mr. Wm.  Healy Mr. Alfred Price Mr. J.  Kocsis ” Roundsman” Mr.A.Reeves


【 ロンドン オフィス】

1920年代後期 1929年の資料によると National Musical Strings は イギリスにもオフィスがあった。

イギリスは 当時音楽的需要が多くあった事が想像出来ます、イギリスに事務所を構えた理由はイギリス国内の ディストリビューターへの細かい対応の為であったと思います。

black-diamond-london fig-24

(研究所資料 1929年) ヘッドオフィスと工場の住所は ニュージャージー州 ニューブロンズウィックとなっています。

1897年合弁以降 National Musical Strings の社長と努めてきたジョージ・ダウ・エマソン氏は20年後の1917年、まだまだ 勢いあるこの会社の権利を ビジネスマンであるウィリアム・R・マクレランド氏に託します。ウィリアムは 1917年から勢力的に営業を続け益々ブランドは広がりを見せました。

この時期というのは、大手通販メーカーであったシアーズ&ロバックがカタログ記載商品にオリジナル・ブランドである ” Supertone” を立ち上げ、 またライバル会社であるモンゴメリー・ワードが ” Concertone” を追いかけて立ち上げた時期でした。 高級グレードの “Black Diamond Strings” そしてシアーズなど量販向けのマーケットに流通させた “Bell Brand Strings ” この違いというのは、製品の品質 上の差というよりも販売ルートの差別化という意味合いが強かったかも知れません。

【デーラー向け Bell Brand キャビネット】

cabinet-bell-brand fig-25   bell-brand-cabinet fig-25_2

(研究所資料 1920s) このキャビネットは、ディーラー用に$25で販売していたと上記資料から判ります。

fig-25_2 は 当時のまま残るキャビネットですが 正面はガラス張りでBlack Diamondのキャビネットとほぼ同じ作りです。

しかし、裏は横スライドの扉ではなくて、蓋を上から下へ開く構造になってます。

(どうでもいい情報ですけれども) Bell Brand のキャビネットは Black Diamond のキャビネットに比べると 若干小ぶりです(fig-22参照)

bell-brand-cabinet-back fig-25_3

一応 ご参考までに。こんな感じです。更に下部は引き出し構造になっており、当時のピックやバイオリンのブリッジやペグ等の貴重な部品が詰まっておりました。

bell-brand 1940s box fig-26

箱の大きさ  3-1/4インチ 約82㍉ Black Diamondと比べると大分小さいです。

ご覧の様に Black Diamond とBell Brand は、差別化の為に 梱包の化粧箱デザインや大きさを変えていました。

更に その下のグレードとしてビギナー向けの ” Lyric “というグレードもありました。 次ページでは、いよいよ当時1920年代の弦のラインナップをご紹介したいと思います。


アサイド

National Musical Strings Co.Vol-2, – Black Diamond Strings


cropped-black-diamond-opener.jpg


” National Musical Strings Company “ には

“Black Diamond Strings ”    ” Bell Brand Strings”    ” Lyric “    という3つのブランドがありました。

その他には各社・各メーカーの要望に応じたOEM品を生産し納品しておりました。

1920年代の時点で、イギリス・ロンドンにオフィスも構えており輸出国は イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリア、インド、日本、中国、カナダ、
プエルトリコ、南アメリカ、メキシコ、アメリカ本土は全てのディストリビューターに出荷していました。

それぞれの言語に合わせたパッケージは別料金で受けていましたし、メーカーのネーミング入りのデザインや化粧箱にも対応しシェアを広めています。
当然 ギターなどの楽器メーカー・完成アッセンブル用の化粧箱無しでの納品、弦をヌードで購入しオリジナルのパッケージに詰めて販売をするメーカ
ー用もあったと想像します。

Black-Diamond-Boxhp        Bell-Brand-Boxhp          

ブランドは、専門店や楽器総合商社のようなメーカー向け、シアーズやモンゴメリー・ワードの様な通販量販店など納品ルートによって
使い分けていたように思えます。 また ”LYRIC” ブランドはよりビギナー向けのアイテムとしての位置付けで生産されていました。

1920年代のディストリビューター向けのカタログにも LYRIC は、よりビギナー向けであると記載されています。
しかし、Black Diamond と Bell Brand の製品クオリティの差は明かな差というのは見受けられないと伝えられております。

Bell Brand は、Silver Plated Steel をプレーン弦にも巻き弦にも採用しております、中にはシルクなどの仕上げもありますが基本は
シルバー弦です。一方 Blake Diamond はシルバー弦がもっとも多く生産していたのでしょうけども、ブロンズ弦もあり、モネル弦も
ありという様により多くの種類を用意しております。

BD-strings-box-deluxfig-1  BlackDiamond-Monel fig-2
(fig-1 中央合わせの化粧箱は1940年代まで )

(fig-2 こちらが MONEL STRINGSのブルーBoxです)

bell-brand-violin-box fig-3     Bell-brand-guitar fig-4
(fig-3 Bell Brand は 基本的に弦を丸く包んでいます)

(fig-4 ギター弦も同じ様に丸く包んでます)


【ブランドの違い】

高級ブランドのBlack Diamond はシルバーを始め様々な仕上げのラインナップがあり、Bell Brand は一般普及需要の多いシルバー弦が基本、
更にはビギナー向け Lyric は スティールのプレーン弦を採用 という様に種類で区別して納品先の要望に応えていた。

上位2モデルのシルバー弦だけで判断すれば、品質に材質的な差はなかったと言えるかもしれませんが、実際はブランド別に品質の異なる
アイテムを用意して差別化していたというのが正しい様です。

また ボールエンドかループエンドかなどの仕上げも価格差の対象となっておりました。


【エンドの形状の変化】

bell-strengs--loop-end.guitar fig-5

bell-strengs-end-red fig-6

fig-5,  fig-6  一件 ループエンドの様に見えます。これは ティルピース・ブリッジにもグルータイプのピン固定式にも対応するエンドです。
ボールエンドも登場しますが順番から行けばまずはこの様なタイプが先にあり、後に今でも主流のボールエンドが出現したと想像してよいと思います。

但し、ボールエンドは1920年代には当たり前に登場しており、初めはブランドごとに使い分けをし後に全てがボールエンドになって行ったのでしょう。
(ギター弦の場合)

bell-strengs-end fig-7  bell-strengs--loop-end fig-8

fig-7 は、完全にループの必要が無くなって来た事を意味しております。  これはループ(輪)で引っかけるタイプのブリッジにはインストールできませんが
そもそも、ギター用のティルピース・ブリッジはタイコを引っかける構造でしたから、ループを残している事が 名残であって不要だったかも知れません。

Bell Brand は、グルグルとワイヤーを団子にしたエンド(fig-7)を採用し、Black Diamond はボールエンドを採用という差別化もあった様に思えます。

blackdiamond-spanish-electric  fig-9            blackdiamond-spanish-guitarbox fig-10
(fig-9 エレクトリック・スパニッシュ・ギター弦 ボールエンドです)20年代後期から30年代初期にはエレキ弦が登場??


【工場内の様子】

Winding Department

winding-department fig-11

Coiling and Papering Department

coiling-and-parpering-department fig-12

ウィリアム・R・マクレラン氏は 1922年からは単独経営者として NMSの経営に全力を注ぎました。

ここからの10年が楽器メーカーにとって全盛と言える時期ではなかっただろうか・・・

1927年 Stromberg Voisinet は Kay Kraft ブランドとして斬新な形状のネック角アジャスト式・合版のアーチトップギターをリリースします。

レコード産業は、1920年代に入り私達が好きな黒人音楽も録音され販売され始め 1920年代中期にはエレクトリック録音が開始となりました。

また 1920年代後期にはチェコからの移民であったDopyera Brothers が ”National String Instrument” で3つの共鳴盤を備えた金属製のギター” Tricone ” を発表し、益々楽器産業は面白くなり楽器メーカーは凌ぎを削るのです。

楽器が増えれば弦はどんどん売れます、スティール弦の流行により NMS は大きく成長を遂げます。

初めは 18名でスタートした工場でした。建物は 6000 (square feet) = 557.41824 m2

cuttingdepartment fig-13

paper-box-department-no.2 fig-14

すぐに 隣に小さな建物3200 (square feet) = 297.289728 m2 を作り そこでは 紙の切断機械や加工機械を導入しました。

general-stock-department fig-15

packing-department fig-16

ラッピングやストックヤードの面積は 8400 (square feet) = 780.385536 m2 でした。弦の生産は 一日に約 8000から10000ピースという量です。
また設備の管理ストックヤードは、とても綺麗に整頓されてり 称賛されたようです。

今でいう ISO でしょうか。(1929-30年の資料より)

この他には、従業員用のカフェテラスも設備されていましたし、グリーンハウスといったガーデンもありました。(写真割愛します)


【Black Diamond Strings の種類】

BD-catalogu

Black Diamond Stringsは同じブランドでも種類がたくさんありました。

もっとも ポピュラーであったのは シルバー弦です。
スイス鋼を使用して生産されていました。
当時もっとも使用されていたシルバー弦はどの様な音がするのでしょうか? 当時のブルースマンの音がするのだろうか?

私は当時のシルバー弦を贅沢にも100年前のギターに張り、演奏し音質の聴覚的な検証を行いレコーディングも行ってみました。

腰のある音と表現したらいいのでしょうか、シャリシャリした最近の軽い音ではなく特に低音弦は図太くこもった印象を持ちました。
既に半世紀以上が経過した弦だからでしょうか?

そこで 現代に引き継がれる新しいシルバー弦(fig-18)を 当時のヴィンテージギター数十本に張って音質を楽しみました。
シルバー弦は確かに当時の弦に良く似た音質を感じる事が出来ます、シャリシャリした軽さを感じません。

特にミディアムゲージは一弦の張りのある音がメロディをはっきり表現し、低音の太く落ち着いた音は残響を程良くカットし、スタッカードを利かせるフィンガーピッキング奏法に効果を発揮すると感じました。

この弦は現在でも引き継がれており 購入する事が出来ます。

BD strings nowfig-17     fig-18 をクリック!

80年前の現存する弦には限りがありますので、現行の弦セットは戦前ブルースをリスペクトする演奏家には、正にマニア心をくすぐる弦だと思います。
(この弦は製品の性質上プレーン弦などの(色がくすむ)腐食が早い時期に現れる事があります)

当時のシルバー弦セット ギターのプレーン弦(1弦、2弦)には、silver plated steel と記載があります、また別のセットには copper plated steel と記載があり 銀メッキ 銅メッキという事で理解してよいと思いますが、実際のシルバー弦の巻き弦の白い色はニッケルを多く含んだ合金であった様です。

30年代初頭にはエレキが出現します磁性体であるニッケルは マグネットピックアップに効果があったと思います。

本物の銀は高価ですし反磁性体ですのでエレキ弦には向いていないと思います、エレキに向いていたのは次にご紹介する MONEL です。

【高級 Monel 弦 】

Black-Diamond-Monel1

モネルとは合金の名称でした。1906年にアメリカの技術者によって開発されたニッケルと銅の合金素材です。
ニッケル(63%以上)が主要金属であり 銅(30%)を添加させてます、ニッケルが多いので腐食(塩害)に強く当時は高品質の弦でした。
Black Diamond Strings ブランドでの販売でした。  2弦までが 巻き弦というセットもあった様です。

モネル合金を巻き弦とする製造工程や技術、生産ラインを備えていた NMS は、一流楽器メーカーへの供給売り込みも掛けました。
弦のメーカーにとって、一流楽器ブランドでのアッセンブルや更にはその楽器を使用する有名ミュージシャンの使用は弦の販売に繋がる一番の宣伝効果です、それは現在の環境とも変わらないと思います。

もちろん 営業はアメリカ本土の楽器メーカー全てに留まらず、世界にも販売網を広げていた様です。 モネル弦の納品先の一つにはGibsonがあったと想像出来ます。 (Gibsonの話は 次のページ その3で)

blackdiamond-monel.guitar fig-19

blackdiamond-monel.up fig-19_2

50 年以上も前の弦ですが 腐食はないです。  写真 fig-19_2 はギター用のモネル弦ですが巻き弦の表面をご覧ください。
結構フラットな仕上げとなっております、戦前のブルースやジャズギターインスト曲などで、指の動きポジション変更で発生し易い” ギュ” というノイズが少ないのはこの様なフラット仕上げによる効果であったかもしれませんね。

当時は この合金は画期的な新素材であり 発見者の名前 モネル をそのまま合金の名称にしています。
このモネル弦は、耐食性の為に作られた弦であったと想像しておりますが 音質的な効果もあったのかも知れません。
実際の音質がどうであったのかというのは検証していません。

1932年のオスカー・シュミット(STELLA)や同時期のGibsonも このモネル弦を扱い初めてます、1930年代後期になるとエレキギターが最前線でレコーディングを開始しておりましたが、多くはこの モネル弦であったと思います。

oahu-strings fig-20

fig-20_2

1938年のOAHUというメーカーのカタログです。 fig-20_2 をご覧ください、エレクトリック・ギター弦にモネルとはっきり記載されております。

このオアフというメーカーは、何一つ自社で製造しているものはなく 全てが人任せのOEMでした。 Oahu Stings は NMSが製造していたと想像しています。

【その他のラインナップ】

驚く事に1920年代には 既にブロンズ弦のラインナップがあります、さらには レッドコッパーや アルミニュウム弦などもあります。

ブロンズ弦はご存じの通り 巻き弦に銅(80%程度)と亜鉛(20%程度)の合金を使用したモデルです。実はBlack Diamond の中で
もっとも高価であったのが ブロンズ弦でした。 ブロンズ弦の現存率はとても低いです。 この事からも流通量は極めて少なかった
のではないかと想像しています。(いや人気のない物が売れ残ったのだろうか?)

現在のBlack Diamond Stringsのラインナップの中でも 他社の同じ種類の弦と比較し高い評価を得ているのはブロンズ弦です。

black-diamond-bronz-1 fig-21

実際のブロンズ弦 包装紙は パラフィン紙(油紙)です。

1920年代この様に 様々な種類の弦があったことは驚くばかりですが、その中でも気になるのがバイオリン用のアルミ弦です。
結局、金属の方が切れにくく耐久性があるという事で製品化されたのだと推測しますが、真相は判りません。

blackdiamond-aluminum fig-22  blackdiamond-aluminum.up fig-23(当時の弦です)

バイオリンの弦は ガット弦、そしてスティール弦の出現、そして このアルミ弦。
スティールにアルミの巻き弦、スペシャル・ガットにアルミの巻き弦、スペシャル・ガットに銅の巻き弦という様に様々な種類があった様です。

また シルクとスティールに銅メッキや銀メッキなど 我々の想像を超えた種類がありそれは各楽器メーカーからの要望もあったと想像します。

1920~30年代弦の製造において、既に高度な技術がありました。 もしかしたら音のこだわりや演奏家のレベルは1920年代の人達の方が遥かに高く、豊かな感性を備え持っていたかも知れません。


【 ボール エンドを計測する 】

john-f-strattonfig-24

古い弦は 袋がパラフィン紙ですが、比較的新しくなると紙の袋に変わります。

john-endfig-25  john-end2fig-26

バイオリン弦のシュアでは おそらくトップであったかも知れないのが バーミンガムの John F Stratton”s です。

1940年代のBlack Daimond キャビネットに含まれておりましたし、1920~30年代のBell Brandキャビネットにも多く残っておりました。

(1930~40年代に流通していた部品と共に残っておりましたが正確な時代は判りません)

片側は 凹んでますが 裏側はフラットです。 タイコのサイズです。

John F Stratton”s — Ф3.8mm (5/32)    巾3.3 (1/8)


black-diamond-bronz-ball-end fig-27            black-diamond-bronz-ball-end2fig-28

おそらく1930年代頃のBlack Diamond ブロンズ弦のボールエンドです。 片側は 凹んでますが 裏側はフラットです。
ふさふさが付いてます さすがに 一番高いグレードだった弦だけあります。 この様に初期のタイコは真鍮製で両面で形が異なるのが特徴です。
角が丸く仕上げられております。

印刷された紙の外袋の中に 印刷されたパラフィン紙にくるまれて梱包されてます。

Ф3.8mm      巾3.15mm


こちらは Spanish エレキ弦 正確な時代は判りません。 1930初頭のカタログには既にエントリーされてます。
40s~50s頃のものでしょうか・・・・

タイコは、同じ様に表裏で切削が異なりますが、凹んだ切削の形が fig-27と若干異なります。時代は少し新しいかも知れません。
袋もパラフィン紙ではないですし・・

black-diamond-ball-end-silver fig-29   black-diamond-end-silver2 fig-30

Ф3.8mm      巾3.15mm  大きさの規格は同じですが弦を巻く部分の切削が異なります。

Black Diamond は、 真鍮色のままのボールエンドもありますが、1930年代~40年代には黒色に仕上げていたようです。

black-diamond-red-yellow fig-31

fig-31 ご覧の通り、黄色枠と赤枠で分けられてますが 黄色枠はシルバー弦 赤枠はブロンズ弦です。
赤枠は中のパラフィン紙にも印刷がされております。

黄色枠の袋 内装パラフィン紙      シルバー弦 タイコの色→黒 Ф3.8mm  巾3.2mm

赤色枠の袋 内装パラフィン紙に印刷 ブロンズ弦 タイコの色→黒 Ф3.8mm   巾3.15mm    巾は製作時の誤差?

同じ5弦ですが タイコの切削が 赤枠の方が角が丸く仕上げられており、黄色枠の方はよりシャープです。

この違いが年代の違いであるのか モデルの違いであるのかは はっきり判りませんがタイコは使い回しだと思いますので製造された時期が違うのかも知れません、内装パラフィン紙の印刷の有無からいっても赤枠の方が古そうです。

その後 切削は両面ともフラットカットになり サイズはインチの分数から、㍉規格へと変わっていくようです。
但し 正確な年代は今のところ資料がないので判りません。 実測データーを集計するしかないです・・・・

1960年~1970年代以降には Ф4.0mm  巾3.0mm  穴Ф2.0mm と 全てが㍉サイズになっていると思います。

もう少し 情報を集めたら大体判るかも知れませんね、だれかタイコ測ってませんか?(笑)


                ” THE CAVANAUGH COMPANY “


【 Black Diamond Strings

現在 ”BLACK DIAMOND STRINGS” は アメリカのフロリダで カバノフ・カンパニーが生産を続けています。
当時 もっとも流通した シルバー弦を始め、ブロンズ弦、フォスファーブロンズ弦、ブラック弦、と多くの種類の弦を展開してます。

ギター用、マンドリン用、バンジョー用、ベース用、リゾネーター用、エレキ・ギター、ベース用と多くの楽器に対応してます。

新しいアイテムとして ブラック・コーテッド を施した 真っ黒な弦は既にご存じの方もいらっしゃるのでしょう。
通常のブロンズ弦と比べ、硬くはっきりした音質です ご興味のある方は fig-29をクリックして下さい。

black-coated fig-28                fig-29


楽器のエキスパート  カバノフ・カンパニー


【 Super-Sensitive Musical String Co 】

        

          

カバノフ・カンパニーは、1930年代ヴァイオリン弦などの大きなシェアを誇っていた ”Super-Sensitive Musical String Co
の伝統を引き継ぎ会社を設立しました。(1968年)
バイオリン、ビオラ、チェロ や その関連パーツなどを半世紀近く扱って来ました。
繊細な演奏者のニューズに応える 作り手の努力や拘りは未だにメイド イン フロリダを継続させている事からもご理解頂けましょう。

【 BARI - Reeds & Mouthpieces 】

         

         

また 1952年Wolf Taninbaum によって設立された ” BARI - Reeds & Mouthpieces “ も カバノフのグループです。
木管楽器用のリードやマウスピースの Bari は半世紀に及ぶ歴史がありますが、世界で初めて”Synthetic Reeds”をリリースした
会社でもあります。

Wolfe Tayneと言えば、Benny Goodman, Les Brown , Jimmy Dorsey の下で活躍しました。
Bari のオリジナルマウスピースは素晴らしいフレージングを生み出す事になりました。

                      

 【 Black Diamond Strings 】

cropped-black-diamond-opener.jpg

そして、アメリカ弦の歴史で最も活躍をした ブランド Black Diamond Strings の生産を始めました。
まず、彼らはヴィンテージ弦の分析をしそれがシルバー弦の伝統を引き継ぐ技術になりました(2001)
現在のシルバー弦は 独自の高炭素鋼にtin plating(スズメッキ)です。

その1で National Musical Strings の合弁の紹介をしましたが、その後は Black Diamond Strings というブランド名は残すものの会社名は変更され、現在はこのカバノフがブランドを継続していると言う事です。

嬉しい事は、100年前からもっともポピュラーであったシルバー弦の生産を引き継いでくれているところです。

Super-Sensitive や BARI のバナーをクリックして下さい。彼らの会社のポリシーが伝わってきます。

ss-bd factoryfig-30 john and jim cavanaugh-rd of new violin strings fig-31
(現在の CAVANAUGH COMPANY FACTORY です)

( 工場 作業風景 )

1920s   winding-department fig-32

2010s   about_stringop fig-33
カバノフは、この様な素晴らしい音楽に携わる部品の伝統を引き継ぎ 且つその時代の演奏家の為に常に新しいアイディアを模索する努力を続けている企業です。

だから Made in USA なのです、Made in Florida なです。

彼らが Black Diamondを買収した時に一番に行った事は、ヴィンテージ弦の分析であったと聞きました。

そして戦前ブルース音源研究所 (Japan) は、ここに示す写真の通りカバノフが所有していない資料を所有しているかも知れない。
そして演奏家集団としての見解(オタク振り)は 彼ら以上にその時代の演奏の真相に迫るかも知れません。

なぜならば、彼らを含めた世界中のリスナーが聴いている 昔の ”音” は、 ありのままの記録の再生ではないからです。

2012年 Pan Records は、この伝統ある企業が継承している Black Diamond Strings の日本のディストリビューターとして役目を負う事にしました。

古い時代のシルバー弦は確かに コレクターアイテム と言われるかも知れません、しかし新しい Black Diamond Strings は 他社との比較で圧倒的な音質の差を感じます、それは 弦メーカーとして自社生産に拘り、独自の高炭素鋼を軸とした弦によるものであると思います。

ブロンズ弦は高い評価を頂いております。

そのインプレッションは 既に複数の国内演奏家の方より私達へ届いています。

そして、演奏家の声に耳を傾ける小さな会社であるからこそ、Black Diamond Strings は素晴らしいのかも知れません。
明日の Black Diamond Strings を作るのは 間違いなく演奏家である皆さんです。

50年後の演奏家に伝える弦を共に作って行けたらいいと思いませんか・・・

(ヴィンテージ録音の真相解明の為、1920年代のカーボンマイク用オリジナルPre Ampの製作プロジェクトが進行中です。 こうご期待。)

更にディープな話 Gibson Musical Strings の話に続く

PS:  追加情報2014年9月 1930sのモノと思われる National Musical Strings Co.のプリントブロック発見

black diamond-bell brand28 black diamond-bell brand

同じ工場から持ち出されたものと推測が出来ます、Black Diamond Strings の他にBell Brand Strings やJohn E Strattan’sなど複数のブランドの原版がありました。

とても興味深い事は 大手のOEMを行っていた事実が垣間見れた事です。

MARTINです。 これが弦の袋を作っていた工場からなのか、それとも印刷工場からだったのかは不明です。

martin8

ギターのメーカーが 弦を作っていると考える方が無理があります、OEMに決まってますよ。今でもね。

では ギブソンの話へ・・・・

アサイド

The Gibson Musical String Company

 


The Gibson Musical String Company

ギブソン・ストリングス? と聞いたら、普通楽器メーカー の Gibson を連想します。
おそらく1920~30年代に弦をリリースしていた会社であろう ギブソン・ミュージカル・ストリングスという名前。

この会社は、一体どの様な会社だったのだろうか? ちょっと気になるので判る限りで。

この Gibson Musical Strings は、Black Diamond Strings の National Musical Strings と深い関係があったのです。

“National Musical Strings” は 1900年~30年代多くの楽器メーカーやギターメーカーに弦を納品していた事実は確かです。
(実際の納品・領収書などの資料があればより確かなのですけれども)

ご存じ楽器メーカーの “Gibson Mandolin-Guitar Mfg. Co, Ltd” にも納品していた事は間違いありません。
Gibsonは 1900年代 1910年代 そして1920年代後期も 弦の製造はしてませんでした。ほとんどの楽器ブランドメーカーは弦の会社より 弦を買っていました。 もちろん1800年代からドイツを中心としたヨーロッパからの輸入弦を購入していた楽器メーカーも多かったのでしょうし、全てではなく 中には自社で弦を作る楽器メーカーもあったと想像出来ます。

さて、Gibson Musical Strings Co は、私達が良く知るギターメーカーの Gibson と関係があるのでしょうか?

 


James Gibson  &  Frank Gibson  Brothers

James and Frank Gibson 兄弟、彼らは “The Gibson Musical String Company” という弦の会社を経営していました。
我が研究所には この会社の当時販売していた 弦 が資料としてあります。 相当に古いという以外には正確な年代の特定は出来ません。

但し、それが50年前に販売されたとしても、80年前に販売されたとしても現存していると言う事の事実からもある程度の生産があり流通していた事が想像出来ます。

fig-1 はギター弦ですがループエンド仕上げとなってます。

gibson-musical-strings end fig-1

私達が知っているギターメーカーの  ” Gibson Mandolin-Guitar Mfg. Co, Ltd” とは関係がなかったと伝える記述も残っているようです。

 

Gibson 関連の本によるとギブソン兄弟は 以前NMSの社員であり,彼らの弦は Gibson Mandolin-Guitar Mfg が弦の生産を始める1929年以前の弦の供給元であったとあります。
そして 彼らの会社は明かに 1932年までに倒産しなくなったと記してます。

まとめますと、楽器メーカーのGibsonは、1929年より自社ブランドの弦をリリースしたらしい。

そしてNMSはそれ以前にGibsonへ弦を供給していた、そこにギブソン兄弟は勤めていた。

もしくは、ギブソン兄弟はGibson Musical Strings を立ち上げたが1932年には会社が倒産した、単に1929年以前弦の供給元に勤めていた事があるだけで、Gibsonとは全く関係がなく、名前が似ているだけだ・・・

こう言うことで理解してよいのでしょうか?

 


 National Musical Strings と Gibson Brothers 】

1932年 突然の悲劇が訪れます、NMS 社長 ウィリアム・R・マクレランドは心臓発作で急死してしまいます。

彼には妻も息子もいなかった為に NMS は ” Bruno & Son Inc” に売却されました。

Bruno は前ページでも記載した通り1834年からマンドリンやギターを生産し続けてきたメーカーです。単なる楽器を生産するメーカーではなく、既に楽器の総合商社のようになっていました。

NMSのウィリアム社長の突然の不幸により、Bruno & Son はNMSの権利を得て、支配人・責任者として ジェイムスとフランク・ギブソン兄弟を任命しました。(1932年)

その後 彼らは、”The Gibson Musical String Company” を立ち上げる為に会社を去ったと伝えられています。
(現在のBlack Diamond Stringsからの情報提供)

何だか 双方の話には時系列で見解の相違があるようです。      この兄弟は、一体どこから来たのでしょうか・・・

この” Gibson Musical Strings Co ” は ” COLUMBIA ” ブランドの弦を販売していました。

gibson-loop fig-2    gibson-musical-strings-co.clumbia fig-3

(fig-2は、ループエンドの2弦です、時代は20~30年代でしょうけれども特定は出来ません)

ここに1929-30年の NMS 従業員名簿があります。 しかし 彼らの2名の名前は全く掲載されておりません。
1929-30年の時点で彼らは NMS の社員・従業員ではなかった事になります。

では 一体いつNMSにいたのだろう、1929年以前に一旦退職し、再び責任者で君臨したのか?
兄弟で会社を退職(首になって)、なんでまた責任者に任命されるのだろうか、よっぽどすげぇ兄弟ですって。

“Gibson”は1929年以前はNMSから弦を供給されていた事は Gibson側の見解でも明かです。
実は1929年 自社ブランドの弦はOEMではなかったのでしょうか、それ以前の弦の供給元としMSNを認めてますが彼らは弦をヌードで仕入れ、パッキングをしていた。
オリジナル弦のリリースに当たり、自社工場での生産はもちろん、ヨーロッパからの輸入鉄弦なども検討したと思います。

当たり前の事ですがOEMという生産方法は昨今始まったのではないし、それはメーカーとしてユーザーへは伝えたくない情報である。

残念ながら1929年~30年代初頭と思われるGibsonの弦を持っておりません。fig-4, fig-5 は比較的新しい時代の弦だと思います。
(もしも 現存する弦や資料をお持ちの方がおりましたら情報提供下さい)
gibson-inc-mono-steel fig-4        gibson-inc-mono-steel-4th fig-5

実際には ギブソン兄弟はNMSと楽器メーカーとの間のバイヤーであったと思います。 ギブソンは1929年以降自社ブランドの弦をリリースしたのでしょうが、その後もOEM生産であったか 弦を購入しパッキングをしていたのだと想像出来ます。

ギブソン兄弟は、その橋渡し的な役割をしていたのではないだろうか? いや ギブソンに限った話ではなく 多くの楽器メーカーや楽器の総合商社へのバイヤー的な仕事をブルーノの下で行っていた。

だからこそ、世界一の弦メーカーに成長していたNMSの経営責任者に君臨したのではないだろうか?

・・・・・・

そもそもGibosnという会社の経営者や株主に ”Orville Henry Gibson” は入っておりません。 彼は当初技術指導者として関与していたことは確かですが企業(会社)の株主ではありませんした。

Gibson Mandolin Guitar Mfg は複数の投資家が出資し設立された会社であってOrvill Henry Gibsonは 設立の時点で特許権を売却しており、その後は特許料を頂くと言う関係でした。

 

ですから Orvill Henry Gibson すら Gibson Mandolin-Guitar Mfg と関係がないと言えば 関係がない と言われる事もある。

Gibsonがオリジナルブランドの弦をリリースする時期に、Gibson Musical Strings という名前で弦をあちこちのライバル・メーカーに納品されては迷惑という想像は容易です。

全く想像の域を出ないのですが、ギブソン兄弟は相当大きな楽器ビジネスに絡んでいたと想像出来ます。

彼らが”Orville Henry Gibson” の子孫であったかどうかはわかりません。
Gibsonの兄弟 Orzo and Lovell Gibsonの子供だったかもわかりません  ただ 単に名前が同じだったのかもしれません。

 


【 残された弦を調べる 】

研究所には 多くの古い弦が資料として御座います。
年代によっても特徴はそれぞれにあるのでしょうけども 袋にも特徴がありました。
Black DiamondやBell Brandと異なり、多くの弦の袋は小さいです、そして油紙(パラフィン紙)の袋に入っているのが特徴です。

gibson-more-other fig-6         eldorado fig-7

Gibson Musical Strings の ギター弦もパラフィン紙に入れられておりますが、他ブランドと比較し大きさが少し違います。

また 年代が多少異なるかも知れませんが バイオリン弦とギター弦でも大きさが異なります、バイオリン弦は正方形、ギターは長方形です。

gibson-violin-guitar fig-8

写真だと 判り難いかも知れませんが fig-9の様に 他社の2-3/4インチの正方形に比べると 縦が若干足りません。
これは 特徴として覚えておくべきポイントかも知れません。
袋はパラフィン紙ですが相当古いです… パラパラです・・・

gibson-pack fig-9

Gibson Musical Strings のギター弦 パラフィン紙(油紙)袋  サイズ   縦 2 5/8 inch   横 2 7/8 inch   若干 長方形です。

他社の多くは同じ様な パラフィン紙の袋ですが  縦 2 7/8inch   横 2 7/8inch や 縦 2 3/4inch  横 2 3/4inch の正方形です。

 

Gibson  Musical Strings    ギター弦           縦 2 5/8 inch      横 2 7/8 inch

TRUESOLNew York)     マンドリン弦 縦 2 7/8 inch      横 2 7/8 inch

ESTOMA Germany)       バイオリン弦    縦 2 3/4 inch      横 2 3/4 inch

SUPERIOR (Cechoslovakia)マンドリン弦   2 3/4 inch      横 2 3/4 inch

Olympian                               マンドリン弦    縦  2 3/4 inch      横 2 3/4 inch

ELDORADO  Germany)ウクレレ弦  縦 2 3/4 inch     横 2 3/4 inch

 

この他にも Armours , Dulle-tone, John F Stratton”s , Testimonial , Silver-Orchestra などの弦の袋の大きさも測定しました。
ほぼ全てが、正方形であり小さいです。 (2-3/4 inch = 69.85mm )

それに比べると Black Diamond の袋は巨大です、アメリカン生まれのニュアンスです(笑)

black-diamondbig fig-10

Gibson Musical Strings は、他のドイツやチェコスロバキアなどの弦メーカーの袋と紙質なども含め似ております。

しかし、大きさが若干異なる事から 油紙は輸入しアメリカ生産だったような気がします。ヨーロッパの規格 2-3/4inch に比べるとアメリカ・メイドは 2-7/8inch と若干 大きめであるようです。

Gibson Musical Strings のヴァイオリン弦は、2-7/8inch の正方形でしたので、ニューヨークのTRUESOLOと同じサイズです。
もちろん、輸入から始まった弦ですからヨーロッパの規格をそのまま引き継ぎアメリカ生産したブランドもあったと思います。

残念な事は、ギブソンのオリジナル弦1929年?~19??年 製造した弦の袋や弦そのものを確認出来ていない事です。

 

ギブソン兄弟は1920年代 NMS から Gibson へ弦を供給するバイヤーとしての役割をし、”The Gibson Musical String Company
を立ち上げていた。 いや 1929年以降も 弦を供給してきたのではないだろうか?

もしくは 全く別に弦を製造していた小さな会社、いやドイツから弦を輸入する貿易商だったのかもしれません。

1932年 社員でもなかった彼らは 何故 ” NMS ” を任されたのでしょうか、それはそれ以前から楽器業界に関係していたからでしょう。
そして、 ” NMS ” の責任者という管理職に就きながら 会社を去り どこへ行ったのだろうか?

NMSとの関わりの中で、多くの取引先へ弦を供給し自社ブランドのリリースもしていたところへ、舞い込んできたNMS社長の突然の不幸とチャンス、1932年彼らは一旦 The Gibson Musical String Company を閉めて 経営に注力したのではないだろうか?

Gibsonが言う様に 1932年以降 The Gibson Musical String Companyは倒産していたとするならば、これがもっともつじつまが合う。

一方 Gibson にとって NMSの大口取引先であった モンゴメリー・ワードの口座を開くチャンスが 偶然にも1932年以降にやってくる。

Gibson ブランドのままでは市場価格に太刀打ちできない、彼らはブレーシングをラダーに変更したり装飾を落としコストを削減し遂に
モンゴメリー・ワードの市場へと参入。
“Carson Robison model ” としてGibsonの廉価版ギターを展開させます。

まるで ギブソン兄弟が口利きをしたかの様なタイミングです・・・・ 単なる偶然ですよね・・・・

もうひとつ・・・ モンゴメリー・ワードの楽器カタログですが、1934年様々な種類のギターが掲載されている中で Gibson 製と思えるギターはたったの一つのモデルしかない。(カタログ等参照)

Carson Robison モデルだけで、どうにか食い込んだというのでしょうか? この大口を掴む為の営業は相当頑張りましたね ハハ だって、自社ブランド名のギター(仕上げ)では、納品したくない(コストも合わない)からといって、ブランドを取って販売ですよ。

そのために ブレーシングをラダーにしたのですよ・・・大量生産用ですね。

余談ですがもう会員の皆さんにはご承知の通りですが、1934年のモンゴメリーの新発売モデルにもカラマズ-KG-14は現れません。
KG-14 は、やはり1936年の暮に市場投入されたモデルです。 1930~31年にロバート・ジョンソンは このギターを持って写真を撮る事は出来ません。

 

1937-words fig-11 (1937年 モンゴメリーワード)

そして Gibsonは その後徐々にカラマズーの安物楽器を大手モンゴメリー・ワードに納品し、アイテム数を増やしてゆくのです。

“The Gibson Musical String Company” James Gibson, Frank Gibson

この兄弟は歴史の中に名を残さないが楽器業界にとって、きっと大きな役割を果たしたのではないか?と想像せずにはいられない。

Black Diamond の120年の歴史の一コマです。

 

PS: Black Diamond Strings の歴史 vol.1, vol.2 でも ご紹介してますが、同工場からマーチン弦の印刷用 プリントブロックが発見されてます。

写真は わかり易いように反転してます、実際は逆転です。

martin1.反転

 

* グラフトンでのParamount レコーディングスタジオ跡地の測量調査やカーボンマイク用真空管アンプ・プロジェクト記事は後ほど・・・

アサイド